カテゴリー「□ 西武 101系(旧)」の31件の記事

2013年7月18日 (木)

【西武】 「写真で見る西武鉄道100年」が刊行されます

7月19日、ネコ・パブリッシング社から「写真で見る西武鉄道100年」が発売されます。
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西武鉄道全面協力による、写真中心のグラビアブックで社史に近い扱い。
なお、7月16日~22日は西武鉄道の車内吊り広告にも発売告知を掲出。
2009年の「西武だいすきスマイルブック」に続く、西武鉄道オフィシャルブック扱いになるようで、書店の他、西武鉄道駅売店でも購入出来るようです。
稚拙ながら、私の写真も数点使って頂きました。

西武に纏わる書籍は多々有りますが、西武鉄道が発刊に係わる書籍は珍しく、資料的価値も大きい事から手に取って頂くと良いと思います。
240頁に広がる西武鉄道100年の歴史は、十分に読み応えが有るでしょう。
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2012年12月11日 (火)

【西武】 「さよなら101系・301系」 -遂に本線運用から撤退-

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幼少の頃から西武沿線に在住し、「黄色い電車」として親しんで来た101系が、12月9日を以って本線運用から撤退。
今回の引退は「新101系」系列で、こちらは私が小学2年生の時に登場。
当時は斬新なデザインから憧れの車両でした。小学校の社会科見学で、なんと「保谷車両基地」に行く機会が有り、その時に頂いた「新101系プレス向けカタログ」は長らく宝物だった記憶が有ります。
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高校卒業後に西武沿線を離れましたが、今なお西武だけは撮り続けるこだわりは、この新101系の眩しい存在が子供心に根付いたからかも。
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旅客運用のラストランは、撮影側を悩ませました。
陽が短い時期で光線・影の心配、時間も回送を含むと早朝から振り回され、さらに臨時2本が交錯するスジ。
となれば、271F+285F+281Fをメインとし、数で勝負せず、山線805レを中心に据えて行動しました。
結果、309F回送(所沢~秋津)→281F先頭(西武園)→281F先頭(狭山市~新狭山)→271F先頭(新狭山~狭山市)→西武球場前(展示)→271F先頭(東吾野~吾野)→横瀬(展示)と移動。
残念だったのが、一番メインだった805レの吾野が曇ったこと。
ここは100人以上は居たような気がします。

以下、撮影順に一部写真です。
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西武球場前駅、横瀬ともに、撮影会の入場制限と撮影タイム1分には参りましたが、参加者の多さと限られた時間から、公平性を保つ意味でも良く考えられていたと思います。
横瀬では、自分の番になった時に曇ってしまうなど少々残念でしたが、横瀬の地で最後のイベントを開催して下さった事は嬉しかったです。

351系、401系・701系、E851、5000系、E31、101系、新101系・301系と、平成以降の西武「さよならイベント」は皆勤していますが、いつの回も、幼少の頃から見てきた車両が引退するのは寂しいものが有ります。



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2010年12月 8日 (水)

【西武 旧101系】 最後の旧101系 223F、ラストランの廃車回送は冬晴れ! (2010.12.7. 横瀬に到着) ~西武の顔「旧101系」引退≪13≫~



2010年12月7日、最後の旧101系223Fが、横瀬に向けて廃車回送されました。
41年間、西武の旅客輸送を支えた最功労者が、遂に歴史の幕を閉じたのです。
6日の方転回送で各線を自走したのは、旧101系最後の惜別走行でしょう。
そして翌7日、旧101系に本当のエピローグがやって来ました。


小手指を8時44分に発車。途中、小停車をしながら横瀬に10時00分到着。
ここ東吾野~吾野を9時27分、小気味良く颯爽と通過して行きました。
廃車回送とは信じられぬほど、長年秩父路で慣らしてきた「強靭な足腰」で逞しく。
唯一の計算外は、天気予報が大きく外れ、曇りベースの筈が完全に晴れた事。
しかし撮る側は逆光に近いながらも、やはり晴れてラストランを飾って貰いたい。
間近で見届けたい考えも有り、あえて場所は変更せずに構えました。

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後うちはほぼ完全順光。朝方の冬日ですから強烈な光線でした。
こいつには、やはり山間を走る様が良く似合います。
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吾野・西吾野・正丸に小停車が有ったお陰で、横瀬手前の橋梁に通過4分前到着。
秩父線らしい橋脚のこの場所でも撮りたかっただけに、感慨も一入です。
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1スパン先で広角気味に空を入れました。冬晴れの中、感動して見送りました。
終着駅はすぐそこ。最後のモーターの唸りを山間に響かせて走り去りました。
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横瀬到着後、すぐに入換開始。一旦秩父方に引き上げ、車管に取り込まれました。
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最後の花道を支えた乗務員氏2名。昔は本線で旧101のハンドルを握ったのでしょう。
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小停車してすぐ、倉に向かって行きました。本当の、最後の自走シーンです。
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倉に取り込まれました。3両分しか収容できず、秩父方クハ1223は屋外にはみ出し。
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暫くすると入換用のD16が出てきて223Fに連結、若干倉に押し込みました。
その後、動きがどうなったのかは見ていません。
方転した理由はいずれ、明らかになるのでしょうね。
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数日後には左側の解体線で作業が始まるかもしれません。
旧101系との別れが名残惜しく、冬支度が進む横瀬を後にしました。
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私が近年、改めて西武回帰になった事や、元々西武に興味を持った理由は単純。
幼少の頃、この旧101系を毎日のように見ていた事から。

1970年代、子供の目に映った101系は、秩父への山登りをこなす逞しさを持ち、赤電が多かった西武線に鮮やかな黄色いツートン車登場で羨望の眼差しでした。
中高の頃は日々の通学で利用し、新旧101系は僚友のような存在です。

こいつの遺伝子は姿形を変えて新101系に引き継がれ、進化して3000系に引き継がれ、2000系列・9000系にもステンレス髭板は引き継がれました。
10000系にも秀越なDNAはしっかりと引き継がれ、今でも秩父線の勾配区間を力走する音は101系そのものです。


これからも西武鉄道には、旧101系の形見が残ります。

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2010年12月 7日 (火)

【西武 旧101系】 西武の顔「旧101系」引退≪12≫ 旧101系223F、方向転換回送を実施 (2010.12.6.)



2010年12月6日、11月の甲種回着後、長らく小手指に留置されていた西武鉄道最後の旧101系223Fが自走で本線に舞い戻りました。
横瀬への廃車回送前に、編成の向きを逆転しておく必要が有ったようです。
行程は、小手指-(池袋線)-所沢-(新宿線)-小平-(拝島線)-小川-(国分寺線)-東村山-(新宿線)-所沢-(池袋線)-小手指の「小川デルタルート」。
小手指を14時過ぎに発車し、15時過ぎに戻るダイヤでしたので、冬至目前のこの時期だけに光線と影落ちは十分に考慮する必要が有り、14時前半なら影無しで順光となり、かつ新宿線走行シーンが撮りたかったので所沢~東村山へ。
10人ほど撮影に来ていました。

450mmアングルかつ速度は控え目。そこにRAW+JPEGで連写した為、デジのバッファが即座に満杯。差し込んでいたCFが×266タイプながらもCF書き込み時間が長引く、集中力の欠けた最悪のトラブルが発生。

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本来なら、1枚目と2枚目の中間位置が狙い構図だったのですが、デジのバッファが2枚分だけ開放した頃はこの位置に。。。
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次にバッファ開放した時は目前まで来てしまう、悔いの残る結果に。。。
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小川デルタエリアに追っ掛けしても良かったのですが、光線に期待できなかった為、そのまま小手指へ移動。
この時期の15時過ぎなら2両目以降の影落ちは分かっており、少しでも目立たなくするように正面がちへ寄り、さらに影を目立たなくするようローアンで撮影。
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結構なスピードで中線に進入して行き、ちょっと予想外。(まだホーム走行中)
もうこの踏切は通らないのに、遮断機が上がった後、やはり誰も見向きもしない。
ひっそり西武の歴史を閉じていく寂しさを感じました。
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2010年11月20日 (土)

【西武 旧101系】 西武の顔「旧101系」引退 ≪11≫ 池袋線 旧101系 -1984~1986年撮影-



※25-26年前のネガかつ中学生の時の撮影なので、見る程度に。

17時から19時頃まで、15分ヘッドで運転されていた「通勤準急 清瀬」。
これは学校帰りによく利用しましたね。後続の急行が混んでいたからね~

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その通準の2~3分続行で「急行」が運転され、ひばりヶ丘で先行の通準と接続。
当時は「西武秩父」行き直通急行が普通に運転されていました。
分散型クーラー懐かしいなぁ~

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旧101系×6連+新101系×2連。当時の2連は池袋方に連結。まだ新101系も新車。
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池袋を発車した旧101系。また、こんなシーンが見られたら。。。
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池袋駅をバックに発車する保谷行。左は池袋に入線する旧101系。
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当時、3000系が新車で登場したばかり。最新鋭の通勤車両でしたが。。。
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当時は無灯火運転。保谷7号も良い雰囲気でしたね。
実家から近いこの踏切で見ていた旧101系が、幼少の頃の「せいぶ」の思い出。

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2010年11月17日 (水)

【西武 旧101系】 西武の顔「旧101系」引退 ≪10≫ 新宿線に貸し出された池袋線仕様の旧101系 -1984年撮影-



中学校1~2年生の頃に撮影した写真で、25~26年も前のネガなので画像は汚いですが、池袋線仕様の旧101系が新宿線運用に入った際の写真が有りました。
詳細は当然、分かりません。ただ、貸出だったのは記憶に有り(恐らく当時の雑誌情報)、確かに新宿線仕様は電連が黄色着色なので紛れも無く狙い撃ちのようです。
よく見ると、本川越方は非冷房編成ですね。

いずれも所沢で後うち撮影。
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次は、池袋線の1984-1985年頃の写真を公開予定。

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2010年11月15日 (月)

【西武 旧101系】 -最後の旧101系223F 11年ぶりに故郷・小手指へ。 しっかり見届けました- 【西武の顔「旧101系」引退 ≪9≫】

長いお勤め、ご苦労様。
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11月14日、最後の旧101系223Fが古巣の小手指に戻りました。
多摩川線や多摩湖線などの支線運用になってからはほとんど目をくれなかった。
それほど、本線の颯爽としたエース時代の活躍が脳裏に焼きついていた。
無論、10代や20代の若い方々に、101系のエース時代は印象に弱いと思います。
私の心に有る「西武線」は「旧101系」。たとえ多摩川線でも愛着を持つべきで、最後の最後にあたふた撮っていた自分が惨めでした。

珍しくJR区間にも出動。曇っていたのに、直前から晴れだして露出に困りました。
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新秋津→所沢。いよいよ本線に帰ってきました。
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低速運転過ぎて、連結面の流し撮りも1/50ではほとんど流れませんでした。
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西所沢→小手指。263F牽引の「黄色い」101系もこれで最後。
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西武101系の故郷、小手指にいよいよ戻ってきた。62

本当に長い間、お世話になりました。
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きっと、223Fが一番、安心出来るのが小手指の地でしょう。
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小手指車両管理所に取り込まれたのち、夜間に自走で南入曽まで回送されました。
翌日の仕事に差し支える上、待ち時間も長すぎるので夜回送は諦めました。

今日まで長い活躍を続け、西武鉄道の成長期を支えて来た旧101系の活躍は大いに讃えたい。今後、旧101系を越える魅力有る形式は登場しないでしょう。

年度末までは十分に時間が有ります。
また池袋線で走る日が来る事を信じています。


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2010年11月13日 (土)

【西武 旧101系】 西武の顔「旧101系」引退 ≪8≫ -旧101系223F 最終日の翌日。 古巣の小手指へ向けた輸送準備-

11月10日の午後、白糸台に立ち寄り。

前日の9日を以って、西武鉄道の営業運転を終了した旧101系。
前夜、最後の雄姿を短時間ながら見送ったが、遅まきながら気付いた「思い出の西武線」への名残惜しさが有り、小手指に戻る前にもう一度見ておきたいと、白糸台へ。

既に連結器が甲種輸送用に換装され、小手指への輸送に向けて車内外の整備が職員たちの手で始まっていました。01

こちらは武蔵境方整備の模様。
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是政方は、とんでもない光線の位置で整備しており、一瞬の曇りを待ちました。
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と、駅から職員がやって来て突如223Fに乗り込み、入換開始。
一旦、是政方の本線に進入。スイッチバックして二線有る整備ピットの左側に移動。
まさか構内入換で動くとは予想外。
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そのまま左線のピットに進入して行く。
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今度の停止位置は、影落ちの心配無用。
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由緒有る「西武顔」。往時のスタイルとはかなり異なるが、妙な安心感。
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転線後、再度、武蔵境方ピットを撮影。半端無い逆光ながら工夫して撮影。
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職員皆様方の手により、甲種輸送の準備が進められています。
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この時期の夕方は一気に闇へ。夕陽がかり、哀愁感の漂う223F。
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そして日は傾き、構内は影の中へ。
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整備中はパンタもしっかり上がっています。
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右のピット線は門扉が閉じられました。
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車内電灯も行灯も点灯しており、まさにこれから出区するかのよう。

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夜のとばりは早く、その頃に223Fのパンタが下げられ、留置状態となりました。

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三脚も無く、塀に乗せて1秒間のバルブ。いよいよ、池袋線小手指に戻ってきます。
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普段、盲腸線の多摩川線に立ち寄ることは皆無で、ここ1年で数回立ち寄っただけ。
それにしても後継車への置き換えはあっという間でした。

最後に、唯一、過去(1987年頃)に是政駅で撮影していた多摩川線。
何故、この1カットだけ撮影していたのか? まぁ貴重な写真かな。
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2010年11月12日 (金)

【西武 旧101系】 西武の顔「旧101系」引退 ≪7≫ -223F 最終日の夕ラッシュ輸送、そして最終夜へ-

前記事に有るように、旧101系最終日の日中撮影を正午過ぎに終了。
神奈川県内で幾つかの所用を済ませ、東名厚木から都心へ向かっていた。
横浜青葉インターを越えた辺りで、頭の中に強くよぎる何かが。
「子供の頃から最も馴染んでいた西武の電車が、ついに今日で見納めになる」。
急遽、東名川崎インターで降りる。幸いにも府中までの道程はスイスイ。
17時頃、最終日の夕刻を疾走する旧101系に間に合った。

失敗できない流し撮り。日の入り後で暗く、1/40、ISO640。気持ちを込めました。
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復路は瞬く間に暗くなり、手持ちで1/25、ISO1000とキツかった。
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そのまま移動。対向ホームからの照度で、多少は明るさを補完してくれる多磨駅へ。
三脚は無いので手持ちバルブ。駅ホームからの撮影は電車が目立ちすぎてNG。
ホームから離れた踏切で撮影。1/10の手持ち、さすがにVR付きでもしんどかった。

すっかり日も暮れ、夕ラッシュ輸送に活躍する旧101系が多磨駅に入線して来た。
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お客さんが一斉に降り立つ。旧101系の存在感が際立つ。
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ヘッドマークに一瞬目をくれても、素通りされる方しかいない。
もう、明日からこの車両は見られないが、誰も気に留めない。
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すぐに是政から折り返して来た。今度は武蔵境に向かう夕ラッシュ輸送の番。
しかし、停車中もハイビームのまま。最後の輝きと割り切り、手持ちバルブ敢行。
サラリーマンの方々も携帯で撮影している。
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駅構内で撮影しているファンも結構居た。
この列車をもって、私が見る事の出来た旧101系最後の営業運転が終わった。
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今まで、鉄道車両の引退に強い思い入れなど一度も無かった。
所詮、車両は機械に過ぎず、生命も感情も有る訳ではない。
機械に対し、人間の感情を入れても仕方が無いと、あっさり割り切っていた。
今回の西武旧101系引退を聞いた時もそうだった。

しかし気付いたら、行ける限り、見られる限り、撮れる限り、少しでも時間を捻出して見に行ったのは生まれてこの方、この車両が初めて。

西武鉄道は幼い頃から最も馴染みが有る路線。
中でも、この旧101系だけは格段の思いだった事に、最終日で初めて気付いた。
全盛期だった幼少時に踏切で見た思い出。のちに中高通学で毎日お世話になった。
ひばりヶ丘から池袋まで乗っていた、急行も、準急も、通勤準急も、特に学生時代はこの101系が一番多かったのかもしれない。今でいう新2000系が来るような頻度。
考えてみれば、101系登場の数年後に私が生まれたのだから、ほとんど同じ時代を生きている。もっとかまってやるべきだったかも知れない。

普段は全く意識しなかった「移動手段」としての「機械」だったのに、幼い頃の「せいぶせん」の記憶が年甲斐も無く(年甲斐が有るから?)被さった。
今まで、鉄道車両に対して感謝や労いの意、そして賛辞も送ったことは無いが、どうやらこの旧101系だけは私の中で別格の形式だったらしい。

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2010年11月10日 (水)

【西武 旧101系】 西武の顔「旧101系」引退 ≪6≫ -223F営業最終日の多摩川線へ (日中編)-

普段はあまりにも地味で、西武好きでも疎遠がちな多摩川線。
しかし11月3日~9日の一週間、旧101系引退に伴うヘッドマーク取付けで大賑わい。
撮影地のキャパ事情、光線や影落ちの問題、沸々と湧いてくる多数のファン、あらゆる要素からして「撮るのがしんどいな」と思っていましたが。。。
結果的に3日・7日、そして最終日の9日も短時間ながら撮影に出向きました。
幼少時代からお世話になった101系。やはり私にとって「西武=101系」であり、最後の雄姿を少しでも見ておきたかったのかも。計画なく突然の撮影でした。
以下、最終日の9日撮影。(10時半頃~正午頃)

画面右上のいちご橋は20人近くいました。この場所は7~8人。
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上の写真の前に通過した武蔵境行き後うち。影がようやく抜けたところ。

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定番構図。7日と違い晴れて順光ですが、ケーブル影がちょっとね。。。
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若干画角を変え、左側のゲッターをかわして撮影。面刺さりは妥協しました。
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是政で撮って終了。タイミング悪く真後ろを軽が通過。。。 はぁ。。。223f_5

折り返しを3度目の正面撮影。ん?7日と同じ年配乗務員かな?
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次回の《7》では、最終日の夕方編を紹介します。

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